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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)2834号 判決

原告

コンチネンタル商事株式会社

被告

木村慎一

外2名

主文

1  被告らは、原告に対し、別紙第1目録(5)の特許権につき昭和53年3月24日付けの専用実施権設定契約を原因とする別紙第2目録記載の専用実施権の設定登録手続をせよ。

2  被告木村慎一は、原告に対し、別紙第一目録(6)ないし(8)の各特許を受ける権利につき特許権の設定の登録がなされたとき、また、同目録(9)の実用新案登録を受ける権利につき実用新案権の設定の登録がなされたときは、当該特許権、実用新案権につき昭和53年3月24日付けの専用実施権設定契約を原因とする別紙第2目録記載の専用実施権の設定登録手続をせよ。

3  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、これを10分し、その4を原告の負担とし、その5を被告木村慎一の負担とし、その余を被告木村孝夫、被告木村靖の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

1 被告らは、原告に対し、別紙第一目録(1)ないし(3)の各意匠権、同目録(4)、(5)の各特許権につき昭和53年3月24日付けの専用実施権設定契約を原因とする別紙第2目録記載の専用実施権の設定登録手続をせよ。

2  主文2と同旨

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求の原因

1(1) 被告らは、昭和53年3月24日当時、別紙第一目録(1)の意匠権、同目録(2)、(3)の各意匠につき出願中の各意匠登録を受ける権利、同目録(4)、(5)の各発明につき出願中の各特許を受ける権利(ただし、同目録(5)の発明の名称は、当時、「給水中の溶存酸素の除去方法とその除去装置」であった。)を共有していた。

(2) 被告木村慎一は、右当時、同目録(6)、(7)の各発明につき出願中の各特許を受ける権利、同目録(8)の発明につき出願前の特許を受ける権利(同年4月18日、特許出願がされた。)、同目録(9)の考案につき出願中の実用新案登録を受ける権利を有していた(以下、第1目録(1)ないし(9)の各権利を一括していうときは、「本件各工業所有権」という。)。

2(1)昭和53年3月24日、被告らと原告との間で被告らの共有する右1(1)の各権利につき、被告慎一と原告との間で被告慎一の有する右1(2)の各権利につき、いずれも原告を専用実施権者とする別紙第2目録記載の専用実施権を設定する旨の契約が締結された(以下、「本件契約」という。)。

右契約締結の際作成された契約書上、第1目録(1)ないし(3)、(6)ないし(8)の各権利は木村式APNラストールと、同目録(4)の権利は木村式APNサイレンサーと、同目録(5)の権利は木村式APNオーカットと、同目録(9)の権利は木村式APNコントールとしてそれぞれ商品名で表示されていた。

(2)  別紙第1目録(2)、(3)の各意匠につき意匠登録を受ける権利及び同目録(4)、(5)の各発明につき特許を受ける権利については、同目録(2)ないし(5)のとおり、それぞれ意匠権または特許権の設定の登録がされた。

3  よって、原告は、本契約に基づき、被告らに対し、請求の趣旨1の、被告慎一に対し同2の判決を求める。

2  請求の原因に対する認否

請求の原因1の各事実は認める。

同2のうち本件契約締結の事実は否認する。契約書記載の商品名木村式APNラストールに該当するのは第1目録(7)の権利のみであり、同目録(1)ないし(3)及び(6)の各権利の対応商品はいずれも木村式APNサイレンサーであり、同目録(8)の権利についてはまだ製品が完成していず、商品名も未定であった。同(2)の事実は認める。

3  抗弁

1 (心裡留保)

本件契約は、いずれも被告らにおいて真実そのような契約をする意思がなくして締結したものであり、原告も右契約締結時、被告らの真意を知っていたものであるから、無効である。

すなわち、

(1)  被告慎一は、昭和52年当時、札幌市において有限会社木村空調電気工務店(以下「木村空調」と略称する場合がある。)を経営していたが、同社が多額の負債をかかえ、資金繰りに困っていたため、被告らの発明もしくは考案にかかる木村式APNサイレンサー・ラストール等の製品の中華人民共和国(以下、「中国」という。)向商談をきっかけに知り合った原告の資金援助を受けることとなり、昭和53年2月9日、同月15日に、各100万円、翌3月3日に200万円を原告代表者から貸付を受け急場をしのいでいた。

(2)  しかし、同年3月13日には、被告慎一及び被告靖が訴外高田増吉から家財道具の差押を受けた外、木村空調振出にかかる同月末日支払期日の約束手形の決済の目途がたたず、不渡発生は避けられない状態となったため、被告らは原告代表者に対し更に融資を依頼したところ、原告代表者は被告らに対し本件契約の契約書に署名すれば資金援助を続ける旨返答した。

(3)  被告らは、本件各工業所有権につき当時すでに訴外橋本産業株式会社(以下、「橋本産業」と略称する場合がある。)に対し場所的範囲を日本全国とする製造、販売の専用実施権設定契約を締結していたため、右契約と抵触しないように専用実施権の範囲を中国向貿易に関する製造、販売に限定するのであれば右契約書に署名してもよいと答えたところ、原告代表者は「後で中国貿易に関する契約書ができたとき再契約するから、今日のところは資金繰りの便宜上とりあえずこの契約書に署名してほしい。後でどのように変更してもよいから。」と強く迫ったため、被告らは、同年3月31日、同日の不渡発生を避けるためやむなく、真実本件専用実施権を設定する意思がないにもかかわらず、右契約書に署名し、専用実施権の範囲を中国向貿易に関する製造、販売に限定することを口頭で強く約束した。そして、被告慎一は、同日及び翌4月1日に、原告から合計340万円の貸付を受け、手形不渡を免れた。

(4)  被告らが真に本件専用実施権を設定する意思がなかったことは、右契約書が本件専用実施権設定の対象となる工業所有権の特定を商品名で行なう等ずさんなものである点からも明らかである。

2 (公序良俗違反)

本件契約は、右1のとおり、被告らの経済的窮迫に乗じて締結されたもので、公序良俗に反し無効である。

3 (停止条件)

原告と被告ら、原告と被告慎一は、本件契約において、本件各工業所有権につき被告らと橋本産業との間に昭和51年5月6日締結された専用実施権設定契約が終了することを停止条件とする旨を約した。

4  (事情変更による契約の解除)

(1)  本件契約は、いずれも木村空調が製造するサイレンサー・ラストール等の本件各工業所有権の実施品たる製品の販売窓口を原告に統一するという昭和53年2月ころ右両者間に成立した業務提携を前提とした契約であった。

(2)  しかるに、右業務提携は約半年で破綻したが、その原因は、当初の約束では原告は販売業務だけを担当するということであったのに、原告が右約束に反し、経済的に窮迫している被告らの弱みにつけこみ、本件契約の契約書に無理矢理署名させ、前記製品の製造権まで奪いとろうとしたこと、木村空調が下請の訴外協立商事株式会社(以下、「協立商事」という。)にラストールを製造組立てさせて、その代金支払のために振出した約束手形の決済資金を原告に支払ってもらうに際し、右ラストールは協立商事から木村空調を通じ結局原告に納入されたのであるから貸付金としては残らないはずであるにもかかわらず、原告はその都度被告慎一個人に無理に借用書を書かせ支払金を同被告への貸付金としたため、同被告に、原告との業務提携を継続することに疑問を抱かせるようになったこと、原告の対社会的信用は被告らの当初の予想と違って全くなく、原告振出の約束手形はどこの銀行へ持っていっても割引を拒否されたこと等もっぱら原告側にあるのであって、被告らには業務提携の破綻原因につき責に帰すべき事由はない。

(3)  したがって、本件契約の前提となっていた前記業務提携が完全に破綻してしまっている以上、本件契約の文言どおりの履行を被告らに強いることは信義則に反する。

(4)  被告らは、昭和56年11月18日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

4  抗弁に対する認否

1 抗弁1冒頭の事実は否認する。同(1)のうち被告慎一が原告と中国向貿易をきっかけに知り合ったことと、昭和53年3月3日の貸付の事実は否認し、その余の事実は認める。同(2)のうち、原告代表者が被告らに対し本件契約の契約書に署名すれば資金援助を続ける旨返答したとの事実は否認し、その余の事実は認める。同(3)のうち、被告慎一が3月31日及び翌4月1日に合計339万2,000円の貸付を受けたことは認め、その余の事実は否認する。同(4)の事実は否認する。

被告慎一は、その経営する木村空調を昭和52年ころから経営不振と資金難に陥らせ、毎月の手形決済に追われ、債権者の追及に逃げ隠れする毎日であったが、昭和53年に至り、木村空調の私的整理をする一方、自己及び家族の生活安定とその有する工業所有権に対する債権者の差押や追及を逃れるため、窮状を秘し、甘言をもって原告に取り入り、本件各工業所有権につき原告との間で本件専用実施権設定契約を締結させ、その対価を得、また、被告慎一を原告の顧問とすることにより月給20万円を、被告靖を原告の社員とすることにより月給15万円を確保した。被告らは、倒産整理状態の木村空調による本件各工業所有権の実施を社会的信用のある原告の傘の下に、その名前で肩替りして行なおうとしたもので、本件契約は、原、被告ら間の数回の協議の上、昭和53年3月24日、両者間に極めて友好裡に成立したものである。

2 同2の事実は否認する。

3 同3のうち、本件各工業所有権につき被告らと橋本産業との間に専用実施権設定契約が締結されていることは不知、その余の事実は否認する。

4 同4(1)ないし(3)の事実は否認する。

第3証拠

1  原告

1 甲第1号証の1・2、第2号証、第3号証の1・2、第4、第5号証、第6、第7号証の各1・2、第8号証、第9号証の1・2、第10号証の1ないし3、第11号証の1・2、第12号証、第13号証の1・2、第14号証

2  証人加藤隆夫の証言、原告代表者尋問の結果

3  乙第5号証、第9号証、第10号証の1ないし7の各成立は不知。第4号証のうち、公証人作成部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知、その余の乙号各号各証の成立はいずれも認める。

2  被告ら

1 乙第1ないし第9号証、第10号証の1ないし7、第11、第12号証、第13、第14号証の各1・2、第15ないし第17号証

2 被告木村慎一、同木村孝夫各本人尋問の結果

3  甲第4号証、第10号証の1ないし3の各成立は不知。第1号証の1のうち、第1条の加入部分、第2条の削除の表示及び訂正部分並びに第10条の記載部分の成立は否認し、その余の部分の成立は認める。その余の甲号各証の成立(第13号証の1・2については、原本の存在及び成立)はいずれも認める。

理由

1  請求の原因1、2(2)の各事実は当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第1号証の2、乙第8号証、甲第1号証の1中、第1条の加入部分、第2条の削除の表示及び訂正部分並びに第10条の記載部分を除く成立について争いのない部分、証人加藤隆夫の証言、原告代表者尋問の結果を総合すると、本件各工業所有権は被告慎一の考案開発に係る配管用消音装置・配管等の腐食を防止する装置等に関する発明、意匠等に係る権利であるところ、原、被告らは、原告において右装置の製造、販売を行なうため被告らの有する本件各工業所有権に専用実施権を設定することとなり、右の趣旨で、契約書上、被告らの権利をその権利に係る商品名木村式APNサイレンサー・同ラストール・同オーカット・同コントール等で表示し、昭和53年3月24日、原告と被告ら間、原告と被告慎一間に本件契約が締結された事実が認められ、被告木村慎一、同木村孝夫各本人尋問の結果中の右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  次に抗弁につき判断する。

1 抗弁1について

前記1、2の事実、前掲甲第1号証の1中の成立に争いのない部分、乙第8号証、成立に争いのない甲第2号証、第9号証の1・2、公証人作成部分の成立については争いがなく、その余の部分については被告木村慎一本人尋問の結果により真正に作成されたものと認められる乙第4号証、同本人尋問の結果により真正に作成されたものと認められる乙第5号証、証人加藤隆夫の証言、原告代表者尋問の結果、被告木村慎一、同木村孝夫各本人尋問の結果(いずれも後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

(1)  被告慎一は、昭和42年7月ころから、札幌市において冷暖房の設計施工を業とする有限会社木村空調電気工務店を設立、経営していたところ、たまたまポンプ内部及び配管内の腐食を防止する装置を考案し、これを木村式APNサイレンサー、ラストール等として商品化し販売するとともに、その研究を続行し、右に関する発明、意匠等につき、被告慎一名義、または、被告慎一とその子である被告孝夫、同靖名義で特許等の出願をしていたが、研究のため商売がおろそかとなり、木村空調は昭和49年12月ころ手形不渡を起こし、銀行取引停止処分を受けた。

(2)  被告慎一は、この後、サイレンサー等の東京地区の代理店であった橋本産業の資金援助を受けることとなり、その出資を得て、昭和50年9月ころ、橋本産業の社員と被告孝夫を代表取締役とする木村機工株式会社(以下、「木村機工」という。)を設立し、橋本産業においてサイレンサー等被告慎一が考案開発した商品を製造し、木村機工においてこれを販売する体制をとり、昭和51年5月6日、被告孝夫、同靖とともに橋本産業に対し、第一目録(1)ないし(3)の意匠、同目録(4)、(5)の発明を含む当時出願中のサイレンサー等に関する工業所有権につき、範囲を日本全国における製造、販売とし、実施料を製品の工場渡価額の10パーセントとする専用実施権を設定する旨の契約を締結した。

(3)  被告慎一は、その後、木村空調において、木村機工からサイレンサーを仕入れて北海道内に販売する外、橋本産業の許諾を得て、昭和52年4月2日、協立商事との間で、協立商事が、第一目録(7)の発明の実施商品であるラストールを北海道内で使用する分だけ製造し、対価として契約金200万円、実施料工場渡し金額の10パーセントを支払うことを内容とする製造許諾契約を締結し木村空調において、サイレンサーを提供して協立商事にラストールを製造させて買上げ、これを販売していた。しかし、木村空調の業務成績は芳しくなく、同年末ころには、多額の負債をかかえ、資金繰りに困り、事業を継続することが困難な状態にあった(多額の負債をかかえ、資金繰りに困っていた事実は当事者間に争いがない。)。

(4)  被告慎一は、昭和52年12月ころ、ラストールの納入先の訴外花園病院の理事長であった原告代表者と知り合い、木村空調の右のような状態を改善するため、原告代表者に対し、運転資金の借入れを申入れ、更には橋本産業から離れてサイレンサー等被告慎一の考案開発にかかる商品の製造販売事業を行なうための新会社の設立に原告代表者に参加してほしい旨を申入れた。原告代表者は、当初この申入れを拒否していたが、被告慎一の数回に及ぶ申入れに、昭和53年2月ころ、資金援助を決意し、被告慎一との間で、原告に木村式APN事業本部を設け木村空調の営業部門を従業員とも移管する、訴外木村空調は存続するが研究業務にのみ携わる、被告らにおいて原告に対しサイレンサー等被告慎一の考案開発にかかる商品に関する各工業所有権につき製造、販売の専用実施権を設定し、実施料は販売製品の製造原価の10パーセントとするということで合意ができ、同月9日、15日に各100万円を被告慎一に対し貸し付けた(右貸付の事実は当事者間に争いがない。)。

(5)  原告代表者と被告慎一は、同年二月、木村空調及び原告の連名で、原告に木村式APN事業本部を設け同年3月1日より木村空調の販売業務を原告に移管し木村空調は研究業務のみに携わる旨の案内状を取引先に配布し、木村空調は同年3月初め、在庫品、机等の什器備品を原告に移管し、その社員は原告に入社して、訴外コンチネンタル貿易の管理する札幌市にあるコンチネンタルビルに移り、被告慎一ら移籍者と原告代表者の子である訴外本間邦三により原告の木村式APN事業本部が発足し、同月から、被告慎一は原告の相談役として月20万円の報酬、被告靖は社員として月15万円の月給を原告から支給され、以後、サイレンサーの仕入れ、販売及び下請にラストールを製造させて販売するという木村空調の業務は、略被告慎一を含む従前の木村空調の社員により原告の業務として行なわれるに至った。

(6)  この間、被告慎一及び被告靖は、同年3月13日に訴外高田増吉から家財道具の差押を受け、また、木村空調振出の同月末支払の約束手形の決済の目途がつかず不渡発生はさけられない状況となっていた(この事実は当事者間に争いがない。)。

(7)  本件契約の契約書は、原告と被告慎一との数回の協議の上、原告において作成され、同年3月24日、右契約書の末尾に原告代表者及び被告慎一が各署名捺印し、被告孝夫、同靖が各署名し、本件契約が締結された。

(8)  右契約書作成の協議の際、被告慎一から原告に対し、被告らと橋本産業との間にサイレンサーの製造、販売につき専用実施権設定契約が締結されていることが告げられ、本件契約において、被告らは、被告らと橋本産業との間に締結された前記(2)の専用実施権設定契約をその契約期間満了次第終了させ、更新しないことが約定された。

(9)  本件契約の締結後、原告は、被告慎一に対し融資を行ない、これにより、被告慎一らは前記差押の解除を得、木村空調の手形不渡の発生を免れ、協立商事を含め下請への未払金を支払った。右貸付金は、右契約前に被告慎一が原告に対し約700万円の資金で木村空調の事業を継続できると話していたのとは異なり、同年2月から同年7月までの間に約1300万円に上った。

以上の事実が認められ、被告木村慎一、同木村孝夫各本人尋問の結果中の右認定に反する部分、とくに、本件専用実施権は、その範囲を中国向貿易に関する製造、販売に限定される旨述べる部分は前掲各証拠に照らし採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、被告慎一は、昭和53年初めころ、その経営する木村空調が事実上倒産状態にあったため、原告に対し、右事業の継続のための資金援助を申し入れ、これに応じた原告が、被告慎一に資金援助をするかわりに木村空調の事業を実質上原告に吸収し、その中で被告慎一が原告の資金援助の下に実質上自己の事業を継続せんとしたものであり、本件契約は、原告の下における右事業遂行のため被告らと協議の上締結されたもので、その対価も通常の実施料率により定められており被告らにとって不利なものではないこと、従前の橋本産業との専用実施権設定契約との関係も、被告らは右契約を更新せずに満了させることとして本件契約との調整を計っていること等を併せ考えると、本件契約が被告らの真意に基づかずして締結されたものと認めることは到底できない。

したがって、抗弁1はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

2 抗弁2について

被告らは、本件契約は被告らの経済的窮迫に乗じて締結されたものである旨主張し、被告木村慎一、同木村孝夫各本人尋問の結果中には、これに副うがごとき部分があるが、右各供述は、右1で認定した本件契約締結の経緯に照らし、採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

被告らの抗弁2もまた理由がない。

3 抗弁3について

(1)  被告らと橋本産業との間に、昭和51年5月6日、第1目録(1)ないし(3)の意匠、同目録(4)、(5)の発明を含む当時出願中の工業所有権に関する専用実施権設定契約が締結されたことは、右1(2)に認定したとおりであり、前掲乙第4号証によれば、右契約の存続期間につき、「特許もしくは意匠が各登録された時からその実施権の設定をなし最後の登録もしくは拒絶がなされたときから三年間実施することができる。」、「甲(被告慎一)及び乙(橋本産業)は、第1条実施期間の満了の1ケ月前に甲(被告慎一)と乙(橋本産業)とが協議して文書でこれを改訂するか又はとりやめる合意をしないかぎりその後一ケ年存続しその後も同様とすることに甲(被告慎一)丙(被告孝夫)丁(被告靖)及び乙(橋本産業)はいずれも異議がない。」と約定されていたことが認められる。

そして、前掲甲第1号証の1中の成立に争いのない部分、乙第8号証、原告代表者尋問の結果によれば、本件契約上、本件専用実施権設定の対象たる権利のうち、商品木村式APNサイレンサーに係る工業所有権については、前認定の被告らと橋本産業との間の契約が終了したとき右契約の効力を生ずる旨約定されていた事実が認められるが、それ以上に、被告ら主張のように、本件契約自体の効力が橋本産業との契約が終了したときに生ずる旨の約定があったとの事実を認めるに足りる証拠はない。

右事実によると、本件契約中、商品木村式APNサイレンサーに係る工業所有権を対象とする部分は、被告らと橋本産業との前記契約が終了することを停止条件としたものといわなければならない。

(2)  そこで、次に、本件契約中の商品木村式APNサイレンサーに係る権利は、本件各工業所有権のうちのいずれにあたるかにつき検討する。

(1) 第1目録(4)の権利が右サイレンサーに係るものであること及び同目録(5)、(7)ないし(9)の各権利がこれにあたらないことは当事者間に明らかに争いがない。

(2) 成立に争いがない乙第15号証、被告木村慎一本人尋問の結果によれば、木村式APNサイレンサーとは配管用の消音器のことであると認められるところ、第1目録(1)の意匠に係る物品が配管用消音器であり、同目録(2)、(3)の意匠に供る物品が配管用空気分離消音機(器)であることは当事者間に争いがないから、右3つの権利は右サイレンサーに係る権利と認められる。もっとも、成立に争いのない甲第11号証の1・2、乙第17号証によれば、木村式APNラストールのカタログに、右3つの権利の表示が記載されている事実が認められるが、被告木村慎一、同木村孝夫本人尋問の結果によればラストールはサイレンサーに振幅器を取付けて組立てられる配管用防錆装置であることが認められ、しかるときは、サイレンサーを部品として含むラストールのカタログにサイレンサーに係る意匠に関する権利の表示がなされることは何ら不合理なものではなく、右カタログ上の記載をもって右認定を覆すに足りず、他に右認定に反する証拠はない。

(3) 被告らは、第1目録(6)の権利も右サイレンサーに係る権利にあたると主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)  以上の事実によると、本件契約のうち、第1目録(1)ないし(4)の権利につき本件専用実施権を設定する合意部分は被告ら主張の停止条件にかかるものというべきであるから、これらの権利につき本件専用実施権の設定登録手続を求める原告の請求は失当といわざるをえないが、その余の請求について抗弁3は理由がない。

4  抗弁について

被告らは、本件契約は、原告と木村空調間に成立した木村空調の製造したサイレンサー等の商品の販売窓口を原告に統一するという業務提携を前提とするものであるところ、右業務提携は被告らの責に帰すべき事由なく破綻したとして、事情変更による本件契約の解除を主張する。

しかしながら、右1で認定した本件契約締結の経緯によれば、本件契約締結の動機が被告慎一において原告の資金援助の下に実質上木村空調の事業を継続せんとした点にあったことは認められるにしても、それ以上に、原告と木村空調との間に被告ら主張のような業務提携がありこれを前提として本件契約が締結されたことは、本件全証拠によるも認めることはできない。

したがって、抗弁4はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

4  以上の事実によれば、本件契約に基づき、被告らは第1目録(5)の特許権につき本件専用実施権の設定登録手続をする義務があり、被告慎一は同目録(6)ないし(8)の特許を受ける権利及び同目録(9)の実用新案登録を受ける権利につき特許権ないし実用新案権の設定の登録がなされたときは当該権利につき本件専用実施権の設定登録手続をする義務がある。

よって、原告の本訴請求中、右義務の履行を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条、第92条、第93条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(牧野利秋 清水篤 設楽隆一)

〈以下省略〉

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